『私はダフネ』2021年
父と母と3人で暮らしている、スーパーで働くダウン症の女性ダフネ。
しかしある日、休暇中に母が突然亡くなってしまう。
2人暮らしとなった中、父は元気も気力も失ってしまう。
そんな父を見てダフネは提案する。「徒歩でお母さんに会いに行こう」と。
父と娘の、優しい物語だと思いました。
どこにでもある家族の、父と子の物語。
なんとなく気恥ずかしかったり、なんとなく素直になれなかったり。
家族って不思議な存在だ。
自分の子ども時代を思い出してみる。
父と母の仲がとても悪くて、家では毎日ケンカ。そして離婚。
思えば母とはよく話していたけれど、父とはあまり会話した記憶がない。
家族って一番近い存在なのに、下手をすると友人より距離が遠いこともある。
ダフネと父の関係には、そういうもどかしさを感じました。
よくお喋りするけれど、理詰めしたり感情的になってしまうダフネ。
反対に、全然喋らずいまいちなにを考えているのかわからない父。
母がいなくなって、そんな父と子だけが取り残される。
悲しくて、どうしようもなくて、胸が苦しくて。
同じ気持ちを抱いているふたりなのに、なんとなく噛み合わない。
家族だから、お互い大切に思っているはずなのに。
ダフネはダウン症の女性です。
自分の意思をしっかり持って、コミュニケーション能力がとても高くて。
家では少し感情が爆発してしまうこともあるけれど、
一歩外に出たら誰にでも優しくて、そしてみんなに愛されている。そんな女性。
母がいなくなって、トイレに引きこもって号泣したり、
車内で顔を歪めて長い時間悲しみに明け暮れたりしていたダフネだけれど、
立ち直るのは父よりもずっと早く、
やがて大好きなスーパーでの仕事もてきぱきとこなすようになります。
家以外の居場所があって、たくさんの人たちの囲まれていたから、
早く立ち上がることができたのかな。
反対に父は立ち直ることができず、仕事もままならず寝込んでしまったり、
夜中に不思議な行動を取ったり、心身が疲弊している様子が描かれていきます。
お父さんには、家の中しか居場所がなかったのかもしれませんね。
仕事もあまりうまくいっていないようでしたし。
そんな様子を見てダフネは言うのです。
「お母さんに会いにいこう」と。
遠い遠い場所にある母の故郷。そしてお墓。
そこまで徒歩で行くことに決めて父と子は実行します。
1時間30分のうち、30分がほぼ山道でのシーンには驚きました。
でもまったく退屈することはなく、むしろ面白い。
お母さんに会いに行くまでの長い旅路で、父と子の距離が
どんどん縮まっていくのが見ていてわかるからです。
ダフネはとても強い子で。
いつでも背中を押してくれる、そんなエネルギッシュさがあります。
「人生はしんどい。それが人間らしいってこと」
ダフネの言葉に、なんだか背中を押された気がしました。
今ちょっとしんどいことがあるけれど、それでいいんだって。
個人的にこの映画で印象に残った点は、
とにかく引きでの映像が多いことや、
ダフネの行動を長めの尺で撮影していること。
なんだか、ホームビデオを見ているような、そんな気分になって、
より一層ダフネへ愛着がわくような作りになっている気がしました。
ラストのラストでの父と子のやりとりも素敵だったし、
旅の途中、宿泊施設でオーナーの奥さんにダフネのことを話す父のシーンも好き。
後半にかけて、じわじわと心が温まっていくような、
暖炉のような作品だな、と思いました。